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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)79号 判決 1985年12月11日

原告

森谷芳郎

外一三名

右原告ら訴訟代理人

太田雍也

髙野範城

被告

東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

西道隆

外二名

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年五月二七日に、

(一) 東京都告示第五七七号をもつて青梅都市計画用途地域を変更した処分のうち、別紙土地目録記載の土地(以下、「本件地域」という。)を準工業地域から工業地域に変更した部分、

(二) 同告示第五八四号をもつて右工業地域を第一種特別工業地区に指定した処分のうち、本件地域に関する部分

をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  処分の成立

(一) 地域指定等

本件地域を含む一帯の土地は昭和三六年に準工業地域に指定されたが、被告は昭和五六年五月二七日、請求の趣旨1(一)記載の告示により、これを工業地域に変更するとともに、同1(二)記載の告示により、第一種特別工業地区に指定した(以下、右の地域指定の変更と工業地区の指定を併せて「本件地域指定等」という。)。

(二) 処分性

(1) 都市計画用途地域又は特別用途地区の指定及びその変更は、当該地域内の土地利用権の行使に直接各種の制限を課し、住環境の変更によつて住民の生存権を侵害する場合があるから、抗告訴訟の対象となる行政処分であり、訴訟事件としての成熟性を欠くものではない。

(2) 仮に地域指定等を争い得る時期を現実に被害の発生した時以降に限定するとすれば、原状回復は不可能に近いから、救済は遅きに失するのみならず、当該地域指定等を違法とした場合、却つて混乱を増大させることとなる。そのため、裁判所は既成事実を前提として、いわゆる「事情判決」を言い渡すことになりかねない。

(3) 最高裁判所昭和五七年四月二二日判決(民集三六・四・七〇五)は、工業地域指定の処分性を否定し、その理由として、「建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、前記の地域指定が違法であることを主張して右処分の取消を求めることにより権利救済の目的を達する途が残されていると解される」とした。しかし、本件においては、後述するように、原告らの大部分が本件地域内で農業を営み、本件地域外の場所に居住しているから、建築の是非を争う機会はない。

従つて、本件地域指定等は抗告訴訟の対象となる行政処分と解すべきである。

2  原告適格

(一) 原告らの土地利用の状況

原告(1)森谷芳郎、同(2)山田一男、同(3)安藤正次、同(4)森谷只輔、同(5)青木友吉、同(6)藤本幸延、同(9)松永万次郎、同(10)森谷一五牢、同(11)棚川寛、同(12)篠田勇、同(14)森谷和夫はいずれも本件地域内又はこれを含む同三丁目地内に別紙所有土地一覧表のとおり畑を所有し、農業を営んでいる。

原告(7)森谷時三、同(8)阿部博、同(13)岩本定男はいずれも本件地域内又はこれを含む同三丁目地内に居住している。

(二) 本件地域指定等による不利益

(1) 本件地域指定等により、本件地域に工場誘致が容易になり、現に工場が建ち、操業しているため、農作物が大気汚染、粉塵、日照・通風阻害、夜間の光線、風向きの変動によつて被害を受け、収穫が全滅又は半減の恐れがある。また、大型自動車の通行に伴う排出ガス、汚物等の拡散により、道路から五メートル以内は作付けが不能になつた。

工場の排水施設が不十分なため、付近の河川が氾濫し、土壌と農作物に被害が生じたこともあつた。

(2) 本件地域指定等により、固定資産税の税額が上がつたにもかかわらず、土地価格が著しく低下し、また、公害によつて生活環境が悪化した。

3  違法事由

(一) 違憲性

本件地域指定等は、原告らの財産権(憲法二九条)を正当な手続と補償によらないで侵害し、農業経営者である原告らについては、その生存権(憲法二五条)をも侵害した。

(二) 信義則違反

(1) 本件地域では昭和四四年四月に青梅都市計画青梅東部三つ原土地区画整理事業が認可され、昭和五四年三月に同事業が終了した。

(2) 原告らは、右区画整理事業に対し、二割ないし三割という高率の減歩や飛び換地がなされたために不満であつたが、青梅市当局者が、右事業は「準工業及び住居地域の開発整備」を目的とし、将来とも本件地域を準工業地域に留めると言明したので、同事業に協力した。

(3) 被告及び青梅市は、本件地域をいずれ工業地域に指定する意図であつたのに、その意図を秘して区画整理事業を推進させ、工業地域としての基盤整備を原告らの特別の犠牲のもとに行つた。ところが、本件地域指定等がなされると、アパート等の建築も不可能ないし困難になり、右区画整理の目的のうち「宅地の利用増進」にも背馳する結果となりかねない。

(4) 以上の事実関係において、本件地域指定等は信義則に違反し、違法である。

(三) 裁量権の濫用

(1) 昭和四七年に建設省都市計画局長が発した「用途地域に関する都市計画の決定基準について」と題する通達によれば、「住宅等の混在を排除することが困難又は不適当と認められる工業地については、主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を図るべきものにあつては準工業地域を定め」ることとされている。

しかるに、被告は特段の合理的理由がないのに右基準に反して本件地域指定等を行つた。

(2) 本件地域指定等は原告らに何らの利益をもたらさないのみならず、前述したとおり各種の被害をもたらすものである。

他方、東京都及び青梅市は税収その他の面(青梅市は大量の保留地を売却できる。)で利益を一方的にあげようとしている。

(3) 本件地域は青梅市内でも最も農業に適している。現に、本件地域に隣接し、準工業地域から第二種住居専用地域に変更された地域があり、本件地域の附近には農業改善事業用地等もあり、都市近郊農業が盛んで、これら地域と本件地域とを差別して取り扱う合理的理由がない。

(4) 以上とおり、本件地域指定等は裁量権を濫用してなされたもので、違法である。

4  結論

よつて、本件地域指定等の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1(一)の事実は認め、1(二)の主張は争う。

2  同2の各事実は不知。

3  同3(一)の事実は否認する。

同3(二)(1)の事実は認め、(2)の事実は不知、(3)の事実は否認し、(4)の主張は争う。

同3(三)(1)前段の事実及び(3)のうち、本件地域の附近に農業改善事業による耕地のあることは認め、同後段、(2)、(3)のその余の各事実は否認し(但し、(3)については本件地域に隣接する第一種住居専用地域が第二種住居専用地域に変更されたことはある。)、(4)の主張は争う。

4  本件地域指定等の非処分性

都市計画としてなす用途地域及び特別工業地区の指定は、高度の行政的、技術的裁量により一般的、抽象的になされるものであつて、特定の個人に向けられた具体的な処分ではない。

都市計画としての地域・地区を定める決定は告示により効力を生じ、その地域・地区内においては、特定の建築物の建築が禁止され、容積率、建ぺい率等につき建築制限を受けるに至るから、その地域・地区内に存在する土地・建物に関して権利を有する者は、建物の新築、増築等を行うについて法律上の制限を課せられる。しかし、このような制限は、その地域・地区内に存在する土地・建物の所有者等に等しく課せられる一般的、抽象的な制限であり、告示の段階では右所有者等の権利関係になんら直接、具体的な変動を及ぼすものではない。

よつて、本件地域指定等は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらず、本件訴えは不適法である。

5  本件地域指定等による利便

本件地域を工業地域に指定することにより、工場の立地条件が整備され、その利便と育成が図られる。また、土地利用の純化が促進され、市内に点在している既存工場の集団化と住工分離が容易になることにより、都市施設に対する投資の効率化、都市環境の整備が推進される。更に、工場集団化事業により青梅市民の就業の場となつている既存工業の保持が図られ、青梅市の産業の秩序ある発展が見込まれることにより、職住近接の要請にも応えられることになる。

本件地域を特別工業地区に指定することにより、安全上又は衛生上、特に危険又は有害な工場を防止することができるほか、煤煙や騒音等の産業公害が周辺の住民や農業に及ぶのを防止することができる。

第三  証拠関係<省略>

理由

一地域指定等の行政処分性の有無

請求原因1(一)の事実(本件地域指定等)は当事者間に争いがない。

準工業地域を工業地域に変更し、また第一種特別工業地区と指定し、これらを告示することによつて、当該地域においては、建築物の用途につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条七項、四九条一項、東京都特別工業地区建築条例三条)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてはその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右指定が、当該地域内の土地所有者等に将来、建築を行うときに具体的な適用をみるところの建築基準法上の新たな制約を課したことになり、その限度で当該土地の取引価格にも影響がある一定の法状態の変動を生ぜしめるものと言えないことはない。しかし、かかる効果は、あたかも、新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の権利者すべてに対する一般的抽象的な制約にすぎず、このような効果を生ずるということだけから、直ちに、右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。

本件地域指定等に伴い、将来における同地域内土地の利用計画に事実上の制約が生じたり、土地環境に影響を生じる等の事態の発生が予想されないではないが、これらの事由は、本件地域指定等の効果の持つ右の一般性、抽象性を未だ左右するものではない。

原告らは、その大部分が本件地域内で農業を営み、本件地域外の場所に居住しているので、建築の是非をめぐる訴訟において地域指定等の違法を主張する機会がないから、本件地域指定等を抗告訴訟の対象となる行政処分と認めるべきである旨主張するが、そのような機会の有無によつて、本件地域指定等の一般的、抽象的性格が左右されるものではない。

原告らは本件地域指定等により各種の公害等の被害にあつた旨主張する。

しかし、工業地域であつても、特別用途地区の指定を受けた地区は、単に工業の利便を増進する(都市計画法九条七項)ことのみを目的とせず、環境の保護等を図る(同条九項)ことをも目的とするものであり、東京都特別工業地区建築条例にあつては、主として環境の保護すなわち公害の防止を目的とする地区を第一種特別工業地区に指定し、安全上の危険の度合及び衛生上の有害の度合の高い事業を営む工場の建築を原則として禁止している(同条例三条)。

このように、工業地域とはいつても、実は、第一種特別工業地区とそれ以外の工業地域の二種類に区分され、それぞれ建築できる工場の営業内容を異にするものであるから、公害等の被害の発生の可能性、その態様等もおのずから異ることが予想されるのであつて、工業地域の指定があつたことの一事で一定一律の公害等の発生が確実視できるものではない。のみならず、被告は、環境基準を適切に設定し(東京都公害防止条例二条の二)、あらゆる施策を通じて公害の防止に努める義務を負い(同条例二条)、同条例所定の措置を講じることができるのであるから、本件地域指定等による公害等の被害(受忍限度をこえるもの)の発生が永続的に不可避であるともいえない。これを要するに、原告ら主張の公害等の被害は本件地域指定等の必然的結果ということはできないのであつて、右被害が仮に発生したとしても、これに対する救済は別途求められるべきものであり、地域指定等の処分性を肯定する理由とはならない。なお、右被害を理由として損害賠償を請求する上で本件地域指定等の取消しが必須、不可欠となる関係にもない。

右のとおり、本件地域指定等は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解するのが相当である。

二結論

よつて、本件訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本和敏 裁判官太田幸夫 裁判官大島隆明)

土地目録

青梅市今井三丁目地内一番ないし一〇番

別紙青梅都市計画図の赤斜線部分<省略>

所有土地一覧表<省略>

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